第三幕

 


 暗闇の中に、一つ、また一つと炎が見える。騎馬の足音が近づいてくるようにだんだん大きくなる。騎馬の足音は数騎、数十騎、数百騎と思わせるかのような規模で、だんだん大きく激しくなっていく。
 いったん、炎も消え、音も止む。舞台の左側から、一人の兵士が走り出して、舞台の中央で転ぶ。右側からもう一人兵士が出てくる。

兵士A:
 大変だ! 蛮族が攻めてきたぞ。
兵士B:
 何を慌てるか。蛮族の侵入などいつものことだろう。臆病風に吹かれたか。
兵士A:
 そんな数じゃない。たくさんだ。とんでもない数だ。
兵士B:
 緊張しすぎて幻でも見たんじゃないか。

 そんなとき、さらに左側から兵士が走り込んでくる。

兵士C:
 蛮族の侵入だ。数は数百、いや数千だ。何をしている! 俺は報告に走る。お前らも味方を呼べ。警鐘を鳴らせ!

 転んだ兵士は立ち上がり、後から来た兵士と共に舞台の右側へ、右側から出てきた兵士は舞台の左側へ走って退場していく。遠くから警鐘が鳴り響いてくる。警鐘が鳴り響く中、舞台は暗くなる。
 再び舞台は明るくなり、左側から甲冑で固めたエドワードが現れる。

エドワード:
 今日この日のために鍛えてきたこの体、この腕。この国のために今こそ。蛮族どもめ、俺が蹴散らしてくれるわ。

 エドワード、剣を抜く。そして走りだそうとしたとき、舞台右側から同じく鎧をまとった騎士ヘンリーが現れる。

ヘンリー:
 撤退だ。
エドワード:
 何? 撤退だと? ヘンリー、何を弱気なことを言うか。貴様らしくない。
ヘンリー:
 弱気ではない。俺はいつでも冷静さ。主力軍団が敗北したらしい。このままでは勝ち目はない。
エドワード:
 この国のどこに逃げていくというのか。地の果てまで逃げていっても蛮族はそこまで追ってくる。奪われないためには、前に進むしかない。何が主力の敗北だ。我らが王国の全兵士が討ち死にしたわけでもないだろう。
ヘンリー:
 いったん引いて集結して打って出るという作戦だ。ランカスター公の軍団も撤退しているらしい。みんなで引くぞ。
エドワード:
 ランカスター公も退いているのか。なんと。
ヘンリー:
 まず民たちを後方に逃がすのが俺たちの任務だ。民たちが生きていれば、いつでも土地はまた耕せる。民たちが奴隷として奪われれば、我々に再起はない。
エドワード:
 退くのはいいが、残されるのは蛮族の汚いクソの山だな。仕方がない。肥やしと諦めよう。
ヘンリー:
 しんがりは俺たちの仕事だ。やるぞ。
エドワード:
 おうよ。

 エドワードとヘンリーは剣をふるって舞台の右側に消えていく。舞台は暗くなる。
 舞台は再び明るくなり、舞台の後ろではたくさんの炎が燃えている。舞台の右側から多くの兵士が出てくる。兵士は皆傷ついている。足を引きずったり、手をだらんとたらしたり、包帯を巻いたまま、うつむき、舞台の左側に消えていく。
 舞台の左側からエドワードが登場する。続けてヘンリーも左側から登場する。

エドワード:
 なんだこの敗残兵の列は! なぜ皆戦意を失っているのだ! このままでは王国が崩壊するぞ。それでいいのか! おい、お前! もう一度前線に行くぞ。俺についてこい!
兵士:
 無茶言わないでください。私たちは命令に従って移動しているのです。敗残兵ではありません。
エドワード:
 口だけは達者に動くようだな。それだけ体も動けば戦いも勝てるだろうに。
ヘンリー:
 そのくらいにしろ。兵士一人連れたところで勝てる相手ではないぞ。

 そのとき、また別の兵隊の列が舞台の右側から現れる。やはり疲れ、傷ついた姿で現れる。その列は、しおん様しおん様と小声で口にしている。

エドワード:
 おい、貴様。しおん様がどうしたというのだ。
兵士:
 ハリファクス様が討ち死にされた。ランカスター様の城は蛮族に包囲された。
ヘンリー:
 ハリファクス様が死んだだと? 何を不謹慎な。言葉を慎め。ランカスター公の軍団は善戦中と聞いたが。
兵士:
 事実だからしょうがない。みんな知っている。しおん様もランカスター様の城にいらっしゃる。ランカスター様の城が落城すれば、しおん様も自害されるだろう。
エドワード:
 馬鹿が! 何を言うか!
兵士:
 蛮族の先遣隊がもうじきここにも来るだろう。降伏の準備をした方がいいぞ。
エドワード:
 しおん様!

 エドワードは全力で部隊の右側に走っていき、退場する。ヘンリーもエドワードを追って小走りに右側へ退場する。舞台は暗くなる。
 再び舞台は明るくなる。丘の上に、王国軍の旗がはためく。丘の向こうにはランカスター公の城が見える。舞台の上に、多くの兵士が立っている。舞台左側からエドワードが、舞台右側からヘンリーが現れる。

ヘンリー:
 ランカスター様の城は完全に包囲されている。逃げ道がない。
エドワード:
 まだ陥落していない。ここからが勝負だ。
ヘンリー:
 どうする?
エドワード:
 火攻めでいきたい。
ヘンリー:
 火攻め? 風もないのに? 燃え広がらないぞ。
エドワード:
 いや、風は吹く。奴らはここの風を知らない。
ヘンリー:
 密集した陣幕に物資……。確かに火を付けたら燃え広がりそうだが、そんなに都合よく吹くか。
山男:
 吹くと思いますぜ。
ヘンリー:
 誰だお前は。
山男:
 山で猟師をしている者ですわ。この山、いい風が吹くと思いますな。兄ちゃん、いつぞや、結婚行列で一緒に飲んだな。
ヘンリー:
 この男を知っているのか? エドワード。
エドワード:
 ああ。
山男:
 しおん様の結婚行列を一緒に見たんだ。
ヘンリー:
 お前、結婚行列は見ないって。
エドワード:
 今はそんな話をしている場合じゃない。準備だ。一番燃える油を詰めた樽を百は準備しないとな。オヤジ、力を貸してもらえるか。
山男:
 がってんだ。力仕事なら任せろや。

 三人は舞台の左側に消えていく。舞台は暗くなる。
 再び舞台は明るくなる。舞台の上にはたくさんの樽が用意されており、いつでも丘の坂を転がり落とせるように横に倒されて並べられ、草木をかぶせられて擬装されている。舞台の向こうでは、蛮族軍の野営の炎が見える。舞台の左側から、エドワード、ヘンリー、山男が現れる。

ヘンリー:
 ええい、いつになったら風は吹くのか。
山男:
 山の天気の具合としては、いい頃合いなんですけどなあ。
エドワード:
 ランカスター様の城はそう簡単には落ちない。奴らもその手ごわさが分かっているから兵糧攻めなんて姑息な手を打っているんだろう。好機が来るまで待とうじゃないか。
ヘンリー:
 敵に気付かれたら終わりだぞ。昨晩も敵の斥候が侵入してきた。いつまでも待っていられない。

 そのとき、舞台の後ろに見える蛮族軍の炎がゆらめいた。蛮族軍の喚声がとどろく。

ヘンリー:
 くそ! 奴らの城攻めが始まった。猶予がないぞ。
エドワード:
 ランカスター様の城は持ちこたえるはず。待とう。
ヘンリー:
 待っている間に落城するぞ。今仕掛けよう。
エドワード:
 今突撃しても全滅するだけだ。
ヘンリー:
 クソが! どうすれば!

 そのとき、一陣の風が兵営を吹きぬけ、旗が大きくひらめいた。
 風はだんだん強くなり、草木がゆらめく。

山男:
 お、きましたぜ。
ヘンリー:
 本当に来た。すごいぞ。
エドワード:
 行くぞ。

 エドワードは剣を抜き、剣を天高く突き上げる。

エドワード:
 我らが王国の興亡、この一戦にあり。ここが命の捨て所。皆の者、行くぞ!
ヘンリー:
 樽に火を付けよ! 坂を転がり落とせ! 全軍突撃!

 エドワード、ヘンリーを先頭に、兵士たちが一斉に舞台の右側に走っていく。山男たちが樽を転がし、樽も舞台の右側に転がっていく。全員舞台の右側に退場し、舞台は暗くなる。
 舞台再び明るくなる。舞台の背後は大きな炎。舞台では王国軍と蛮族軍の兵士が入り乱れて戦っている。蛮族軍の兵士は慌てている様子で、王国軍が斬り込んでいく。舞台左側からエドワードとヘンリーが現れる。

ヘンリー:
 蛮族連中の陣幕に火を放て! 火矢を撃ち込め! 焼き尽くすんだ!
エドワード:
 ヘンリー! ここいらの連中の掃討は味方に任せて、俺たちは城の解放に行くぞ!
ヘンリー:
 了解した。皆の者、俺らについてこい! 城を解放するぞ!

 エドワードとヘンリー、兵士数名が舞台の右側に走って行き、退場する。舞台上ではなおも王国軍と蛮族軍が斬り合っている。舞台は暗くなる。
 舞台再び明るくなる。背景は城内。城内にはすでに蛮族軍が流れ込んでおり、ランカスター城の兵士と斬り合いになっている。舞台の左側から一斉に王国軍の兵士が走り出て、蛮族軍の兵士に斬りかかる。左側からエドワードとヘンリーが現れる。

ヘンリー:
 敵を蹴散らせ! 斬りかかれ!
エドワード:
 俺は……
ヘンリー:
 分かっている。お前はしおん様を。
エドワード:
 ここは任せた。

 ヘンリーは斬りかかってきた蛮族軍の兵士に反撃する。その隙にエドワードは舞台右側に走っていき、舞台は暗くなる。
 舞台また明るくなる。
 城内のしおんの部屋。中央の椅子にしおんが座っている。しおんのドレスは汚れ、しわになっている。隣にいる二人のメイドたちのドレスも汚れ、みんな同じように顔がすす汚れている。

メイドA:
 しおん様、お逃げください。下水口の隠し通路から……
しおん:
 あなたたちは逃げてください。私はこの城に残ります。
メイドB:
 残られるといっても、すでに蛮族の兵が城内に。
しおん:
 私はハリファクス様の妻です。早く、時間がありません。
メイドAとメイドB:
 しおん様……。

 メイドの二人は泣きながら舞台の左側に退場していく。舞台にはしおん一人が残される。しおんはゆっくりと立ち上がると、部屋の物入れから剣を取り出す。剣を少し抜き、その刃を見つめる。

しおん:
 このハリファクス様の剣で。

 しおんは剣を抜くと、舞台の中央の床の上にゆっくりと座る。ドレスのスカートが舞台の床に広がる。
 剣を握り、剣先を喉に向ける。剣を持つ手が震える。

声:
 しおん様、しおん様。
しおん:
 このようなときにエドワード様の声が空耳で聞こえるなど……。最後まで私はふしだらな女。これもまた報いか。

 そのとき、エドワード、左側より現れる。

エドワード:
 しおん様!
しおん:
 エドワード様!
エドワード:
 しおん様、よかった。ご無事でしたか。自害されようとしていたのですね。早くそんな剣を捨ててください。

 しおん、剣を床の上に置き、立ち上がる。

しおん:
 エドワード様……。

 二人は舞台中央で抱き合う。

エドワード:
 よかった。生きていて本当によかった。

 二人が舞台中央で抱き合ったまま、幕が下りる。


 

第四幕へ

 


 

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